東日本大震災から14年 福島事故以降の安全学について
東北大学大学院 工学研究科技術社会システム専攻 教授 高橋 信 氏
・従来の安全対策によって私たちの社会は確実に安全になってきた一方、原子力発電所、電力の発送電システムなど現代社会のインフラの多くが該当する社会技術システムは巨大化・複雑化したため、これまでとは異なる視点で安全を考える必要が出てきた。それが「Safety-II」という考え方だ。
・従来の安全管理「Safety-I」は、何万回に1回のトラブルでも発生した原因を特定し、それを取り除くことで再発を防ぐという考え方。「Safety-II」では成功が多い状態を安全と捉え「何がうまくいっているのか」に着目し、それを広く共有することで安全性を向上させようとする考え方だ。
・安全性が向上した組織では、安全性の高い状態がそのまま続くと考えがちだが、現実には組織の状態は常に変化しており、安全な状態がそのまま維持されることは極めてまれである。さまざまな要因により、組織の状態は常に変化し、往々にしてその変化は「安全性の低下」に向かう。
・安全性を高めるための基本となるのはリスク評価。対象となるシステムのリスクを評価し、対応策を検討する。しかし、このリスク評価は多分に主観的にならざるを得ない。なぜなら、安全性向上の活動の基本となるのは人間が感じる「主観的リスク」だから。そのため、人間の主観的なリスク認識には、さまざまなバイアスが影響を与えることになる。
・リスク認識に影響を与える代表的な認知バイアスは3つがあり、1つは自分にとって都合のいい情報ばかりを集める「確証バイアス」。2つは多少の異常が発生しても正常範囲内と捉える「正常性バイアス」。3つは災害が発生した直後にまた起こるのではと感じる「近接性バイアス」。原子力の安全を考える上で重要なのは「近接性バイアス」だ。東日本大震災直前の原子力業界の状況は、2007年の新潟県中越沖地震の影響で「耐震裕度」の問題にリソースが集中し、「耐震」と同じくらい、あるいはそれ以上に重要だった「津波」のリスクに十分な意識が向けられなかった可能性がある。
・現在の原子力業界も、東京電力福島第一原子力発電所の事故による「近接性バイアス」の影響を受けているのではないか。多くの安全対策は「福島事故」を繰り返さないことに重点が置かれている。しかし次に起こる重大事故は、福島事故とはまったく異なる様相を呈するかもしれない。そうした未知のリスクに対しても備えをしておく必要がある。それには柔軟で効果的な対策を講じることが重要なのだ。